「こうもり傘に4つの車輪」



2CV開発にあたってのエピソード

ブーランジェの提示した農民車のテーマは、「こうもり傘に4つの車輪を付ける」という、簡潔さの極致を示唆するものであった。価格はアッパーミドルクラスであるトラクシオン・アバンの1/3以下、かつ自動車を初めて所有する人々でも容易に運転できることが求められた。
しかし、自ら自動車を運転もするブーランジェによって具体的に示された条件は、技術陣をして「不可能だ!」とまで言わしめた難題だった。それは以下のようなものであった。
50kgのジャガイモ又は樽を載せて走れること
60km/hで走行できること
ガソリン3リッターで100km以上走れること
荒れた農道を走破できるだけでなく、カゴ一杯の生卵を載せて荒れた農道を走行しても、1つの卵も割ることなく走れるほど快適で乗り心地がよいこと
価格はトラクション・アバンの1/3以下
車両重量300kg以下
もし必要とあれば、(自動車に詳しくない初心者の)主婦でも簡単に運転できること
スタイルは重要ではない
悪路踏破力、乗り心地、経済性のいずれにおいても厳しい条件であるが、それでもブーランジェは実現を厳命した。その後の技術陣の努力によって、実現に至らなかった点があったものの、無理難題の多くが満たされた。
加えてブーランジェは、最低限に留まらない十二分な車内スペース確保も要求し、身長2m近い大男であるブーランジェ自身がシルクハットを被っては試作車に乗り込み、帽子が引っかかるようなデザインは書き直しを命じた。この「ハット・テスト」によって、最終的にこのクラスの大衆車としては望外と言ってよいほどゆとりある車内スペースが確保されることになった。